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おおいぬ座のモデルについてはいくつかの神話が伝えられています。日本ではそのひとつに「冥界の番犬ケルベロス」とする説が 広く知られています。しかし、おおいぬ座のケルベロス説は、翻訳の誤解が伝わった結果と考えられます。
旧学習研究社「学研まんが事典シリーズ まんが星座事典」(初版1982) おおいぬ座の章にに収録されたケルベロスの描写。 提供:田邉里英様(山梨県立科学館) |
#「星の神話・伝説集成」野尻抱影著(1955年)#ところが、筆者が調査した古典の中にはおおいぬ座をケルベロスとする説が記されているものは、見当たりません。 現代の解説書では、海外でも「おおいぬ座=ケルベロス説」はごくわずかに見られますが、 日本ほど普及しておらず、日本独特の誤った神話と見なしてよいでしょう。
大いぬ座
他の神話では、これはアクタイオンを食い殺したスパルタ犬ライラプス、或いは、冥土の門を守る首三つの犬ケルベロスとも見られた。#「星座ガイドブック 秋冬編」藤井旭著(1975年)#
この星座になっている犬については、じつにいろいろな説があって、正体がはっきりしていません。 ある説では猟師オリオンがつれ歩いていた犬だといい、別の説ではアクタイオンを食い殺したスパルタ犬ライラプス だろうといいます。 また、冥土の門を守る首が三つもあるケルベロスとも、あるいはイカリオス王の名犬メーラともいわれています。 ここでは、月の女神アルテミスの侍女プロクリスの犬とみて・・・
原因として考えられることは、アレン(Richard・Hincley・Allen(米 1838〜1908)) による
「Star-Names and Their Meanings」の記述の解釈ミスと思われます。
アレンの記述は、古典的言葉づかいで多くのおおいぬ座とは関係のない修飾がなされており、
誤解を招きやすいものでした。
アレンは、おおいぬ座の伝承のひとつに、
「ゼウスが牡牛に姿を変えてエウロパをさらった際に、番犬の役目を果たせなかった犬である」とし、
この番犬を修飾して「霊界の番犬ケルベロスのように」と記しています。
アレンは、エウロパの番犬を、神話に存在しない「南のケルベロス」という形容で記しました。
これは、ヘヴェリウス(ポーランド 1611〜1687 年)がヘルクレス座の一角に設置していた
「ケルベロス座」を「北のケルベロス」と言い換えて引用した比喩表現です。
ケルベロス座はアレンの当時にはまだ存在していました。つまり、エウロパの番犬は冥界の番犬ケルベロス
とは関係ありません。
なお、日本ではだれがこの翻訳を最初に記したかは、いまだに確証がありません。
これまで得られた情報の中では、藤井旭氏の「星座ガイドブック 秋冬編」(1975) がもっとも古いものだろうと思われます。
その記述にしても「冥土の門を守る首が三つもあるケルベロス」とだけで非常に短いものです。
さらに付け加えれば、筆者には、アレンの言うところの おおいぬ座のモデルを「エウロパの番犬」とする根拠も
これまでに見つけ出すことができません。
(加筆 2024.11.4) この「エウロパの番犬」については、その後に確からしい情報が得られました。
エラトステネス(Eratosthenes 紀元前275頃-紀元前194頃)は、「エウロパに与えられた守護犬」と記し、その後ミノス王へ渡り、さらにケファロスに渡ったとしています。またヒュギーヌス(Hyginus 紀元前64年頃〜西暦17年)は、この犬は「ゼウスがエウロパに与えた」と付け加えています。
エラトステネス、ヒュギーヌスは、この犬の名を記していませんが、他の伝承からライラプスとすることは自然です。
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