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 星座の神話 定説検査(14)

作られた魔女像/アマゾンとメディア



まとめ

ギリシア神話には、たくさんの魔女たちが登場します。星座に関連する神話ではメデューサやメディア 等がよく知られており、戦闘的女性部族アマゾンも際立った存在です。彼女たちのストーリーには、 当時の女性達の社会的な立場が反映されています。


検証・考察

ウジェーヌ・ドラクロワ画による「我が子を殺害するメディア」(1862)。(ルーヴル美術館所蔵)
ペルセウス座神話でもよく知られているメデューサとゴルゴン姉妹は、古代ギリシアでも 少なくともペルセウスやゼウスと比肩するほど非常に古い歴史を持っていると考えられており、 ホメロスによる最古の文学作品イリアス(BC8世紀頃)にも記されています。 メデューサの首が、女神アテナの盾のシンボルとなっていることと関連して、ゴルゴンのイメージは 守護を意味する古代神殿の彫刻にもあります。 ギリシャ西部コルフ島のコルフ神殿(BC6世紀)の破風彫刻には、中央にゴルゴンの姿が彫られており、 さらに歴史をさかのぼること、BC15世紀クレタ島ミノア文明のクノッソス宮殿にあるレリーフも ゴルゴンに類似の可能性があるといいます。

ゴルゴン姉妹とメデューサは、地域によっては守り神ともされているのですが、魔女メディアやアマゾン族は かなり成立の様相が異なっています。

(1) メディア
魔女メディアはギリシア神話の中で、ゴルゴン,メデューサに勝るとも劣らない強烈な存在感を示しています。 彼女は星座神話の中では、おひつじ座やアルゴ座(現在の、とも座,りゅうこつ座,ほ座)の関連で登場します。 英雄イアソンに対するメディアの激しすぎる愛情が次々と悲劇を起こします。 その後も英雄テセウスの殺害未遂を起こすなど、様々の場面で登場しています。 これらの神話は、ギリシア神話の文献を参照してください。
メディアは、ヘシオドスの神統記(BC8世紀頃)にも言及されるほど古い歴史を持っていますが、 もっともよく知られている著作は、悲劇作家エウリピデス(BC480頃〜BC406頃)の「メディア」と ロードスのアポロニウス(BC3世紀初〜BC246頃)による「アルゴナウティカ」です。 メディアの残忍さを最も際立たせている、イアソンへの復讐を目的とした我が子の殺害の挿話は、 エウリピデスによる創作ではないかと考えられています。
古典ギリシア文学研究者エマ・グリフィス(2006 英)によると、エウリピデスの描くメディアは、 アテネの哲学にない、卓越した知性と技術を持つ非標準の女性であると指摘しています。 これらは古代社会の男性的な特徴である一方、メディアは周囲の男たちを狡猾に操ります。 古代作家は、聴衆にとって否定的な女性像をメディアに与え、にもかかわらず標準的な女性に欠かせない 母性愛をも与えるという複雑な個性を描きました。さらに復讐のために愛する我が子をも殺害する女性を描くことで、 聴衆に強烈なインパクトを与えていると分析しています。

ヘルクレスとアマゾン戦士との戦闘シーンを描いた古代の壺絵(BC530-BC520頃)。(ルーヴル美術館所蔵)
(2) アマゾン族
女メディアの例のように、アマゾン族は、当時の女性の社会的地位を最も反面的に見ることのできる、 想像上の女性部族です。 アマゾン族は、軍神アレスの娘がルーツで、残忍で攻撃的で、人生において最も重要なことは戦争だった と伝えられています。ギリシア神話において、彼女たちが主人公となる場面は少ないものの、 ヘルクレスの十二功業のひとつや、トロヤ戦争における英雄アキレウスとの戦闘と恋愛の場面で、 英雄と相まみえる女戦士として登場しています。 その他にもなかなかの頻度で、主に英雄たちに撃退される役回りで描かれていることから、 古代ギリシア社会において、よく認知されていたキャラクターでした。 なかでも、アテネ人とアマゾン族との幾度も行われたと伝わる戦争は「アマゾノマキア」と呼ばれ、 半人半馬部族ケンタウルスとの戦争とともに、パルテノン神殿のメトープに彫られた題材となっています。
アマゾン族の強烈なキャラクターの発生について、これも古代から学者たちによって議論がなされています。 パラエファストス(BC4世紀後半)は、おそらくは髭を剃り髪をヘッドバンドで縛った男性戦士を、 敵が女性と見間違ったものが神話化されたものではないかと推測しています。 また、有力な説として、中央アジアに居住していたスキタイ人の女性の姿が、 アマゾン神話に影響を与えたことが示唆されており、近年の考古学的調査から実際に金の髪飾りを付けた スキタイ人女性戦士の墓が発見されています。
アマゾンの語源について、普及している説に、否定を意味する「a」と胸を意味する「mazos」の合成で 「胸の無い」の意味とするものがあります。これは、弓を射るために邪魔になる乳房を自ら切り落としたという解釈で、 古代ローマの歴史家ユニアヌス・ユスティヌス(2世紀頃)の説に基づいています。 しかし、多数の壺絵や彫刻,レリーフなどの古代作品には、いつも両胸が描かれていることから、 現代の研究者アドリアネ・メイヤー(英)は、これは誤った主張であると指摘しています。
他の説には、イランの民族の中にみられる「戦士」を意味する「ha-mazan」に由来するというもの, スラブ語起源の「夫を持たない」の意味とするもの,イラン語起源の「雄性の殺害」, 女性を意味する「Am」と黒海沿岸の都市「アッツィ」が組み合わさった語、など諸説ありますが、 明確な根拠は分かっていません。

ここで当時の社会に目を向けてみましょう。 古代ギリシアの歴史的な偉業の一つに、史上初めて民主政治を確立したことがあげられます。 古代アテネの僭主ペリクレス(BC495?-BC429)が導入した制度とされていますが、 それまでにもソロン(BC639頃-BC559頃)やクレイステネス(BC6世紀後半-BC5世紀前半)らによる 改革と模索の末に成し遂げられた画期的な制度でした。 ただし、古代アテネの民主政治に参加できる資格を与えられていたのは、いわゆる市民階級の男性のみで、 女性や奴隷階級に参政権はありませんでした。 たとえ上流市民であっても、女性の社会参加は認められていなかったのです。 意外なことに、古代アテネでは、民主制が進むとともに内部の結束が高まった結果、 女性を含む外部の人間に対する障壁が強固となり、内部と外部の差異が一層明確になっていきました。 BC5世紀頃のアテネを支配する男性市民にとって、女性の美徳は、外出は祭儀のみ、 社会の前面に表れることなく、平時は女部屋に引きこもって沈黙を守ることでした。
ここまで読んでいただけるとお気づきのよう、魔女メディアやアマゾン族は、 当時の「模範的女性」の対極として語られていることが分るでしょう。 他の魔女にしてもしかり、ギリシア神話に登場する魔物の大多数が女性格であることは、 男性が肯定されていた社会の裏返しでもあります。 魔女ではありませんが、人間社会に初めて神が贈った女性パンドラは、 地球上の諸悪を詰め込んだ壺を持って地上に降りたという有名な「パンドラの壺」神話も、 女性蔑視の社会背景が元となっていると考えられます。
ギリシア神話の英雄が対決する悪役としても、アマゾン族は顕著です。前述のとおり、 ヘルクレス,アキレウスとの対決の他、ベレロフォン,テセウスら代表的な英雄たちが アマゾンと戦闘し勝利しており、つまり英雄とアマゾン族の関係性は、 彼らの価値観において正義と悪のコントラストでもあったのです。


※ 出典,参考文献
月刊星ナビ 2021年4月号 「エーゲ海の風」 (早水勉)


更新履歴
2022. 3.17 初版掲載


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