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ギリシア神話には、たくさんの魔女たちが登場します。星座に関連する神話ではメデューサやメディア 等がよく知られており、戦闘的女性部族アマゾンも際立った存在です。彼女たちのストーリーには、 当時の女性達の社会的な立場が反映されています。
ウジェーヌ・ドラクロワ画による「我が子を殺害するメディア」(1862)。(ルーヴル美術館所蔵) |
ゴルゴン姉妹とメデューサは、地域によっては守り神ともされているのですが、魔女メディアやアマゾン族は かなり成立の様相が異なっています。
(1) メディア
魔女メディアはギリシア神話の中で、ゴルゴン,メデューサに勝るとも劣らない強烈な存在感を示しています。
彼女は星座神話の中では、おひつじ座やアルゴ座(現在の、とも座,りゅうこつ座,ほ座)の関連で登場します。
英雄イアソンに対するメディアの激しすぎる愛情が次々と悲劇を起こします。
その後も英雄テセウスの殺害未遂を起こすなど、様々の場面で登場しています。
これらの神話は、ギリシア神話の文献を参照してください。
メディアは、ヘシオドスの神統記(BC8世紀頃)にも言及されるほど古い歴史を持っていますが、
もっともよく知られている著作は、悲劇作家エウリピデス(BC480頃〜BC406頃)の「メディア」と
ロードスのアポロニウス(BC3世紀初〜BC246頃)による「アルゴナウティカ」です。
メディアの残忍さを最も際立たせている、イアソンへの復讐を目的とした我が子の殺害の挿話は、
エウリピデスによる創作ではないかと考えられています。
古典ギリシア文学研究者エマ・グリフィス(2006 英)によると、エウリピデスの描くメディアは、
アテネの哲学にない、卓越した知性と技術を持つ非標準の女性であると指摘しています。
これらは古代社会の男性的な特徴である一方、メディアは周囲の男たちを狡猾に操ります。
古代作家は、聴衆にとって否定的な女性像をメディアに与え、にもかかわらず標準的な女性に欠かせない
母性愛をも与えるという複雑な個性を描きました。さらに復讐のために愛する我が子をも殺害する女性を描くことで、
聴衆に強烈なインパクトを与えていると分析しています。
ヘルクレスとアマゾン戦士との戦闘シーンを描いた古代の壺絵(BC530-BC520頃)。(ルーヴル美術館所蔵) |
ここで当時の社会に目を向けてみましょう。
古代ギリシアの歴史的な偉業の一つに、史上初めて民主政治を確立したことがあげられます。
古代アテネの僭主ペリクレス(BC495?-BC429)が導入した制度とされていますが、
それまでにもソロン(BC639頃-BC559頃)やクレイステネス(BC6世紀後半-BC5世紀前半)らによる
改革と模索の末に成し遂げられた画期的な制度でした。
ただし、古代アテネの民主政治に参加できる資格を与えられていたのは、いわゆる市民階級の男性のみで、
女性や奴隷階級に参政権はありませんでした。
たとえ上流市民であっても、女性の社会参加は認められていなかったのです。
意外なことに、古代アテネでは、民主制が進むとともに内部の結束が高まった結果、
女性を含む外部の人間に対する障壁が強固となり、内部と外部の差異が一層明確になっていきました。
BC5世紀頃のアテネを支配する男性市民にとって、女性の美徳は、外出は祭儀のみ、
社会の前面に表れることなく、平時は女部屋に引きこもって沈黙を守ることでした。
ここまで読んでいただけるとお気づきのよう、魔女メディアやアマゾン族は、
当時の「模範的女性」の対極として語られていることが分るでしょう。
他の魔女にしてもしかり、ギリシア神話に登場する魔物の大多数が女性格であることは、
男性が肯定されていた社会の裏返しでもあります。
魔女ではありませんが、人間社会に初めて神が贈った女性パンドラは、
地球上の諸悪を詰め込んだ壺を持って地上に降りたという有名な「パンドラの壺」神話も、
女性蔑視の社会背景が元となっていると考えられます。
ギリシア神話の英雄が対決する悪役としても、アマゾン族は顕著です。前述のとおり、
ヘルクレス,アキレウスとの対決の他、ベレロフォン,テセウスら代表的な英雄たちが
アマゾンと戦闘し勝利しており、つまり英雄とアマゾン族の関係性は、
彼らの価値観において正義と悪のコントラストでもあったのです。
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