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水星=マーキュリー,金星=ヴィーナス,火星=マーズ,木星=ジュピター,土星=サターン。 惑星の固有名には、古代ギリシアに起源をもつ神の名がつけられています。 ところが、惑星を神と見なす文化は古代ギリシア中期までは見られず、末期になってようやく発生しました。 それも現在とはかなり異なっており、現在の呼称となったのはローマ期になってからです。
ペトルス・アピアヌスの Cosmographia(1539)に描かれている天球図。 プトレマイオス(AD83頃-AD168頃)の体系とおおむね同じもの。 地球を中心に、LUNA(月),MERCURII(水星),VENERIS(金星),SOLIS(太陽),MARTIS(火星),JOVIS(木星),SATURNI(土星)が描かれている。 |
「かれらの星の他に五つの星が混じっており、しかも似ても似つかず、十二星座をもっぱら次々と通過して進むのだ。 この五つの星の位置は、他の星たちに注目しても、もはや確認の手がかりも得られまい。 なにせいずれも居所不定の者たちで、(中略)もうとてもこの星たちとつき合っていく肝っ玉はない。」と記し、惑星を神と語るどころか関心を持っていないようにさえ思えます。
第一に、大きな星は パイノン(木星)と呼ばれ、ゼウスである。
第二は、ファエトン(土星)と呼ばれ、ヘリオスの息子から名を得ている。
第三は、パイロエス(火星)と呼ばれ、アレスである。火のようで、色はわし座のアルタイルに似る。(注1)
第四は、ポスポロス(金星)と呼ばれ、アフロディーテである。
第五は、スティルボン(水星)と呼ばれ、ヘルメスである。
続いて、古代ローマ初期の詩人ヒュギーヌス(BC64〜AD17年頃)は、エラトステネスの記述を参照しながら、 さらに第二,第三,第四の星については以下のように解説を拡張しています。
第二の星はヘリオスと呼ばれる。他の者は、クロノスと言う。エラトステネスは、ヘリオスの息子ファエトンという。
第三の星はアレスだ。他の者たちは、ヘルクレスであるという。
第四の星はポスポロスと呼ばれアフロディーテである。ある者はヘラであるという。また多くの物語の中で、
ヘスペロスと呼ばれている。またある者はケファロスとエイオース(注2)の息子であるという。
彼らの説と異なり木星と土星が入れ替わって伝えられることもありました。
このように、いくつかの異なる伝承を含みつつ、惑星が神である位置づける試みは
古代ギリシア・ヘレニズム期(BC336〜BC31年頃)になされたと考えられます。
エラトステネスのいう「パイノン」について、ヒュギーヌスは「知恵の神プロメテウスが最初に創造した人間たちのうちの
最も美しい一人」とし、また「ファエトン」は「多くの人が言うように、ファエトンは無謀にも
ヘリオスの戦車を操作しようとして地球を火事にしたために、ゼウスが雷電を落とした。そして父ヘリオスは彼を天に上げた。」
としています。ファエトンの伝説は、星座神話ではエリダヌス座やはくちょう座で語られます。
また異なる伝承では、夕闇の神アストラエイオースと曙の女神エイオースの子達が、エラトステネスの記す
「パイノン(土星)」「ファエトン(木星)」「パイロエス(火星)」「ポスポロス(金星)」「スティルボン(水星)」
であるとしています。
さらに時代を下り、古代ローマ期において、現在に伝わる
水星=メルクリス(ギリシア名:ヘルメス),金星=ウェヌス(アフロディーテ),火星=マルス(アレス),
木星=ユピテル(ゼウス),土星=サトゥルヌス(クロノス) が確立しました。
これらが英語読みされたものが、水星=マーキュリー,金星=ヴィーナス,火星=マーズ,木星=ジュピター,土星=サターン です。
(注1)「火星の色はアルタイルに似る」の記述について。アルタイルは青白色で火星と似ていませんが、
これは古代作家の詩的表現と考えられます。
同様に、古代ローマ詩人セネカ(BC1頃〜AD68年)らが「シリウスは火星より赤い」と記しており、
現在でも解釈に論争があります。
(注2)ケファロスとエイオース:曙の女神エイオースは狩人ケファロスに恋をして、彼を誘拐しました。
二人の間にはファエトンが生まれたとする別バージョンの神話もあります。
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