目次へ戻る
目次へ戻る

 星座の神話 定説検査(2)

太陽神アポロンとヘリオスの関係



まとめ

ギリシア神話の太陽神としてはアポロンが最も有名ですが、本来の太陽神はヘリオスでした。 光明神だったアポロンは、古代ギリシアで時代が下るにつれてヘリオスと同一視されるようになりました。 アポロ計画は、太陽の馬車を駆って天空を駆け巡る姿から名付けられましたが、古典上この姿はヘリオスのものでした。


検証・考察

ヘリオス(またはアポロン)の御する四頭立ての馬車の壺絵 (BC430年頃) 。大英博物館所蔵。
アポロン神は、元は北方か小アジア(現在のトルコ東部付近)地域で信仰されていた、 死神や疫病神という有難くない神だったと考えられています。最古の古典文学ホメロス(BC8世紀頃)のイリアスでは、 小アジア出身の光明神として描かれています。アポロンは、「ボイポス・アポロン」と詠まれ、 「ボイポス」とは「輝ける」という意味です。
古代では疫病の正体が分からず、すべて神の仕業と考えられていました。 とりわけ、元が疫病神の性格を持っていたアポロンが弓を放ち、その矢に当たると病に倒れると信じられていたために、 伝染病の流行はアポロン神の怒りにより「アポロンの弓に当たった」のだと考えられていました。 アポロンの妹(または姉)のアルテミスが弓の名手とされるのも同じ信仰に基づくものです。 アポロンの怒りが収まると病から回復するために、「医療」の権能も増えました。 つまりは、「人間を生かすも殺すもアポロン神しだい」という訳です。 時代が下りアポロン信仰が広まる中で、「光明神」から「太陽神」にも見なされるようになります。 古代期の太陽神には、れっきとした「ヘリオス神」が存在していたのですが、 BC4世紀頃からアポロン神と同一視されはじめ、ローマ期(西暦紀元頃)には完全に アポロン(ローマ名「アポロ」)に統合されました。ギリシャ語で太陽をヘリオス(H?lios)といいます。 すなわちヘリオス神は天にまばゆい太陽そのものでしたから、アポロンよりも古くから信仰されていた 生え抜きの神と考えられますが、時代とともに勢いのあったアポロンに飲み込まれて行ったのです。 毎日、東の地平線から四頭立ての馬車を駆って登場し、空高くを駆け巡り西の地平線に吸い込まれていく、 太陽を擬人化した姿は、本来はヘリオス神そのものでした。 しかし、その姿も後世になるとアポロン神に置き換わっていきました。

NASA(アメリカ)の有名なアポロ計画のプロジェクト名も、もちろんアポロン神が由来となっています。 この人類初の有人宇宙飛行プロジェクトは、太陽の馬車を駆って天空を駆け巡る姿から名付けられましたが、 すっかりヘリオス神から置き換わってしまった結果です。 なおヘリオスの方は、1868年の皆既日食の際に分光観測から発見された、元素番号2のヘリウムに名前を残しています。


※ 出典,参考文献
月刊星ナビ 2020年5月号 「エーゲ海の風」 (早水勉)


更新履歴
2021. 1.7 初版掲載


目次へ戻る
目次へ戻る