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おおいぬ座こいぬ座の神話で紹介されることの多い、「猟師アクタイオンをかみ殺した猟犬メランポス」神話は、古典には存在しません。これは、アレン(1899)の誤りが引用されて広まったものと考えられます。しかし、すでに日本だけではなく、海外でも普及している可能性があります。
ディアナとアクタイオン(1556-59年) ティツィアーノ作/ (ロンドン・ナショナルギャラリー 所蔵) ディアナはアルテミスのローマ名。画面右の腰かけている女性の冠に三日月の飾りがあることから、彼女がアルテミスであることが分かります。ティツィアーノがスペインの王フェリペ2世に贈った絵画です。 |
-------------------しかし、アクタイオンの犬と星座を結びつける神話は古代ギリシアから古代ローマ期における古典に見つけることができません。さらに調査した結果、これはアレン(Richard・Hincley・Allen(米 1838-1908))の著書「Star-Names and Their Meanings」(1899年)に、おおいぬ座とこいぬ座にそれぞれ「アクタイオンの犬」を神話の一つに挙げていることが根拠となっていると考えられます。
●「星座の話」野尻抱影著(1954年)
小いぬ座/シカになった猟人(神話)
神話によると、この犬は猟人アクタイオンを食いころしたメランポスという犬だといわれて、絵画や彫刻にもなっています。
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●「星の神話・伝説集成」野尻抱影著(1955年)
大いぬ座
他の神話では、これはアクタイオンを食い殺したスパルタ犬ライラプス、或いは、冥土の門を守る首三つの犬ケルベロス(※1)とも見られた。
小いぬ星/しかになった猟夫
神話によると、この小犬は猟夫アクタイオンを食い殺した、かり犬メランポスである。
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●「星座ガイドブック 秋冬編」藤井旭著(1975年)
おおいぬ座
この星座になっている犬については、じつにいろいろな説があって、正体がはっきりしていません。ある説では猟師オリオンがつれて歩いていた犬だといい、別の説ではアクタイオン(こいぬ座)を食い殺したスパルタ犬ライラプスだろうといいます。また、冥土の門を守る首が三つもあるケルベロス(※1)(ヘルクレス座)とも、あるいはイカリオス王の名犬メーラ(おとめ座)ともいわれます。
こいぬ座
ギリシア神話では、この小犬はその愛らしい姿に似合わず、主人のアクタイオンをかみ殺してしまった猟犬のうちの一匹メランポスだとされています。
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●「星座と神話」原恵著(1975年)
ギリシア・ローマ神話では、英雄アクタイオンのつれた犬、あるいは月の女神ディアナの従者であるニンフ・プロクリスが与えた犬で、非常にすばしこいことに大神ゼウスが感心して星座に加えたという話もある。しかし、この犬についてギリシア神話で最も知られている話は、この犬を猟師オリオンの猟犬とするものであろう。
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-------------------しかし、アレンが何を根拠にしてアクタイオン神話を記したのかは分からず、おそらくアレンの間違いと考えてよさそうです。野尻氏はこれをそのまま採用し、藤井氏,原氏 らが受け継いだ結果広く普及したものと思われます。アレンは、犬の名前を記していませんが、野尻氏は他の古典からアクタイオンの多くの猟犬の中で神話の中心的なライラプスを取り上げたのでしょう。
●「Star-Names and Their Meanings」リチャード・ヒンクリー・アレン(1899年)
Canis Major
In early classical days it was simple Canis, representing Laelaps, the hound of Actaeon, or that of Diana's nymph Procris, or the one given to Cephalus by Aurora and famed for the speed that so gratified Jove as to cause its transfer to the sky.
(訳)
おおいぬ座
古代の初期では、単に「犬座」と呼ばれ、アクタイオンの猟犬ライラプス、ディアナのニンフ プロクリスの犬、またはオーロラからケファロスに与えられた犬で、その速さでゼウスを喜ばせ、空へ昇った犬と見なされました。
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Canis Minor
With mythologists it was Actaeon's dog, or one of Diana's, or the Egyptian Anubis;
(訳)
こいぬ座
神話学者によると、それはアクタイオンの犬、ディアナの犬、あるいはエジプトのアヌビスでした。
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-------------------このエピソードについては、管理人の著書「星空大全」(2023年)でも掲載していますが、アレンの記述が起源になっている可能性については触れていません。
●Britannicaのwebサイト
Canis Major
Canis Major was also thought to represent other dogs in Greek mythology, such as one of the hounds of Actaeon.
(訳)
おおいぬ座には、アクタイオンの犬という別のギリシア神話もあります。
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Canis Minor
In some legends, however, Canis Minor and Canis Major claim other masters, including the legendary hunter Actaeon.
(訳)
いくつかの伝説では、こいぬ座とおおいぬ座は、伝説の狩人アクタイオンやその他を主人とする犬だと主張しています。
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-------------------この記事中で、/ギリシア神話の中では確からしい伝承が知られていません。/としていますが、神話の紹介にアクタイオン神話を取り上げています。執筆時点では、こいぬ座に対応するアクタイオン神話の出所まで堀り下げた調査がなされておらず、出版後の2024年に上記の事情が判明しました。現在ではアクタイオン神話を紹介することは不適切とはいえないまでも、一定の配慮が必要と考えております。
●「星空大全」早水勉(2023年) P311
こいぬ座は古典的な星座にもかかわらず、ギリシア神話の中では確からしい伝承が知られていません。古代ギリシアのエラトステネスや古代ローマ初期の詩人ヒュギーヌス(Hyginus 紀元前64年頃〜西暦17年)は、いずれも「オリオンの犬」としています。これはシリウス,おおいぬ座にも当てはまります。
神話学者の説に、ワインを伝えたイカリオスの愛犬マイラとするものや、主人アクタイオンを殺害した猟犬メランポスとする伝承があります。海外では前者がよく伝えられているようです。
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